山本町 郷土芸能


芸能・文化

森岳歌舞伎


森岳歌舞伎
  
 森岳歌舞伎は、古くから伝えられている郷土の古典芸能です。発祥等については、残念ながら大正14年の大火により八幡神社・社務所が焼失し、記録となるものを失ってしまったため明らかではありませんが、古老の言い伝えや識者の推定では、文化・文政年代(1804年〜1830年)といわれています。その昔、巡国の山伏(六部)がこの地にきて病み臥してしまいました。山伏は土地の神社に篭もり祈願し、村人の看護もあり全治しました。そのお礼にと演じたのが始まりと言われています。これが毎年、旧8月15日の祭典に奉納劇として演じられました。大正時代には各地へおもむき、森岳芝居と称され、田舎芝居として自他共に容認されてきたものです。昭和39年に奉納劇を鑑賞した県の専門員(故奈良環之助、故三浦一郎氏)によれば、江戸のものでも浪花のものでもなく、一種独特の型をもつ珍しい存在であり「人形浄瑠璃」の流れをくむものではないか?との評でした。規模の大きさ、活達流伸な動作の変化の妙味は、まことに貴重なものであるとの太鼓判を押され、町で保存しなければならないと誓い合い今日に至っています。現在では、森岳八幡神社境内の芸術会館において9月第3日曜日(予定)の祭典当日に奉納されています。
  
問い合わせ先 森岳歌舞伎保存会 会長 石塚 善信
〒018-2303 秋田県山本郡山本町森岳字岩瀬232-1
TEL 0185-83-2525


志戸橋番楽
  
 天正年代(1573年〜1592年)、能代市母体の神官、安部降順氏(25代目当主)の祖で、修験者安部家3代目大鏡院昭山師が修練のため上方にのぼり、田楽の一種山伏神楽を習得して帰り、桧山舞い(母体番楽)を始めたと記録にあり、その系統に属するとされています。当時の人々にとって、農林業は言うに及ばず、日々の生活はすべてこれ神のお恵みによるものと信じられており、その神へのなかだちが修練者であったことから、この番楽も神への信仰行事として急速に近隣へ伝達されました。志戸橋は古い集落であった上、古来桧山とは深いつながりがあり、母体集落と極めて緊密な関係にあることなどから志戸橋集落に伝えられたものです。現在は、8月15日に集落、神社境内等において開催されており、県指定無形文化財に指定されています。
  
問い合わせ先 志戸橋番楽保存会 代表 石井 三夫
〒018-2301 秋田県山本郡山本町志戸橋字久根添127-1 018-2303
TEL 0185-83-3681


向達子番楽
  
 正式には向達子番才楽ともいいますが、この番楽の起源については、甚だあいまいな伝承しか残っていません。安政元年(1854年)に阿仁根子番楽の流れを組む二ツ井町仁鮒(旧轟村)の神官を招き、集落の若者一同がその教えを受けました。また、一部は明治の中頃、当集落の北林東吉という者が五城目の馬場目へ出稼ぎ中、その地で舞われていたものを習って帰り、それまでのものと合わせて今のような形に整えたとされています。太平洋戦争までは若勢組が継承してきましたが、終戦後は向達子番楽保存会を組織し、後継者育成に努め現在に至っています。
  
問い合わせ先 向達子番楽保存会 代表 岩谷 優
〒018-2302 秋田県山本郡山本町下岩川字向達子10
TEL 0185-84-2203


泉八日ささら
  
 言い伝えによれば、西暦 685年、斉明天皇期の阿部比羅夫東征の時、その配下の一軍が八竜町の明神裏手に上陸、この地の民の人心安定に用いられ、船頭藤原某より泉八日「ささら」が伝えられたとされていますが、史実的には明らかではありません。昭和27年、森岳温泉の開発により、急速に地元郷土芸能として注目を浴びるようになりました。現在は、8月14日に神社、境内で開催されています。
  
問い合わせ先 泉八日ささら保存会 代表 安藤 勇一
〒018-2303 秋田県山本郡山本町森岳字泉八日93
TEL 0185-83-2994


羽立ささら(羽立獅子舞)
  
 甚だ根拠の明らかでない伝承しか残っていませんが、言い伝えによれば集落近くに館城という所があり、羽立集落の開発も戦国末期ではないかと考えられるので、村民は伝承の時代を江戸中頃と考えてます。伝えによれば、どこからともなく来た3匹の獅子のうち2匹は長旅のあまりの疲労にどこかにはぐれ、最も体力があった雄獅子だけがかろうじてここまでたどりついたといいます。そこで村人は、雄獅子の面を手本に中獅子と雌獅子の面を作り、3匹そろえて「ささら」の面にしたと伝えられています。現在は、8月14日、15日に神社境内、集落「宿」で開催されています。
  
問い合わせ先 羽立ささら保存会 代表 珍田 金義
〒018-2305 秋田県山本郡山本町外岡字羽立48
TEL 0185-83-3337


和田ささら
  
 起源には2つの言い伝えがあります。1つは吉朗兵衛という人の家に、古いひいらぎの木があり、ある日その木の枝に、どこから飛んで来たのか1つの獅子の面がひっかかっていました。吉朗兵衛は、村人に、ぜひ獅子舞をして村の安全と繁栄を祈るべきだと説いたそうで、村人もこの不思議なことは村によいことだと考え、獅子舞を始めたといいます。もう1つは、阿仁のある村へ和田村から何人かの若者が出稼ぎに行き、その先の村人から習い覚えて帰り、和田の「ささら」をつくりあげたといいますが、その阿仁の村の名や若者の名、その家については伝えが残されていません。8月13日、14日に「宿」や地域で開催されています。
  
問い合わせ先 和田ささら保存会 代表 加賀谷 光晴
〒018-2304 秋田県山本郡山本町豊岡金田字和田187〒018-2305
TEL 0185-83-2567


達子ささら
   
 起源は明らかではありませんが、能代市、道地の流れをくみ、町内で唯一女性がやっこを舞っています。現在のささらは、昭和58年に40年ぶりに集落若者たちにより、伝承者から身振りや口笛などを聞きながら再生したもので、当時のものとは、若干違うものになっています。しかし、そのアレンジを加えた笛、拍子などは、当時のものに優るとも劣らないと村人たちに絶賛されています。やっこ踊りは子どもたちも舞います。8月13日、14日に神社、集落「宿」で開催されています。
    
問い合わせ先 達子ささら保存会 代表 三村 勇一
〒018-2302 秋田県山本郡山本町下岩川字中谷地111-2
TEL 0185-84-2155