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石井漠没後50年記念フォーラム (10月13日)

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 三種町が生んだ日本現代舞踊の先覚者、石井漠先生が亡くなられて50年の節目にあたる今年、本フォーラムを開催いたしましたところ、このようにたくさんの皆様からご来場を賜りまして、心から御礼申し上げます。
 また、このフォーラムを開催するにあたり、遠く台湾からおいで下さいました、漠先生の愛弟子で、日本で言えば人間国宝のような存在の李彩娥(り・さいが)先生や、孫弟子にあたる棚橋鮎子先生、そして秋田魁新報社小川文化部長をはじめとする多くの皆様のご厚意により実現できましたこと、この場をお借りして御礼申し上げます。
10.13 漠
 石井漠先生は、本名を石井忠純(ただずみ)といい、旧下岩川村長面で生まれ、今の赤川商店さんの向かいに生家があったと伺っております。
 石井家は代々秋田藩主佐竹氏の家臣で、お父さんの、石井龍吉(りゅうきち)さんも秋田藩士の家から石井家の養子になった方で、小学校訓導の後、下岩川村の村長を通算二十二年間務められ、下岩川財産区を創設するなど、林業の育成に力を注ぎ、村の経済を豊かにした大変功績のあった方であると伺っております。
 さて、石井漠先生は日本をはじめ世界における創造的舞踊のパイオニアとして多くの足跡を残され、先生の魂は時代を越え、現在も世界中の舞踊家や舞踊のジャンルで脈々と引き継がれております。
 その偉大な生涯に関しましては、ご長男歓先生の著書、「舞踏詩人 石井漠」や緑川潤さんの著書「舞踊家石井漠の生涯」など多数の書籍に著されておりますが、それらを読みますと帝国劇場時代のいろいろなエピソード、創作舞踊への傾倒、作曲家山田耕筰との生涯に亘る友情、浅草オペラでの成功や、海外公演での真価発揮、そして、自由が丘石井漠舞踊団の隆盛など、輝かしい一生であるとともに一方では病と闘いながらの壮絶な生き方、そして漠先生の圧倒的なスケールの大きさに、こんな偉大な方がわが町から出ていたことに驚き、また、誇りに思うものであります。
 先生の遺品の一部は当ふるさと文化館「石井漠メモリアルホール」に残されておりますが、今後も我が町の偉大なる先人である石井漠先生のご功績を顕彰していくとともに、三種町の誇りとしてその精神を今の若い人達にも改めて伝えて参りたいと考えております。
 結びに、石井漠没後50年記念事業にあたり、台湾から来日頂きました李彩娥先生を始め舞踊団の皆様や、ご協力いただきました関係各位、またご来場下さいました皆様に重ねて感謝とお礼を申し上げ挨拶といたします。