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10月 ~「日本と台湾」~

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町村会の経済交流視察団の一員として8月に台湾を訪問した。
 台湾の日本に対する考え方や台湾がとても友好的であることが理解できた意義のある視察だった。
 羽田国際空港から約3時間、一路台北市の松山空港へ。到着早々「十円玉の雨」と言われるような大雨の歓迎を受ける。
 翌日、高級百貨店「微風広場」で西川副支配人から日本の農産物について説明あり。西川さんは台湾に居住して18年。元々はそごうの社員。地下の食品売り場には美郷町、羽後町の米も売られていた。2キロ520元。一方、台湾産の米は2キロ280元と約半分。1元は約3円50銭である。日本から来た桃が一個約千円で売られていたのには驚いた。秋田県からも売り込みは来るが熱意が今ひとつと言うことだった。
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 ガイドは台湾人の陳宏榮さんがずっと務めてくれた。陳さんは岡山大学留学の経験があり、流ちょうな日本語を話すだけでなく博識でとても頼りになるガイドさんだった。
 台北市は昼間人口600万人、夜間人口は350万人。車を買うのに駐車証明書(車庫証明書か?)は不要で好き勝手に駐車できるとのこと。バイク(日本で言うスクーター)の数がものすごい。2人乗りは普通で3人、4人乗りもいるそうだ。バイクはほとんど交通ルールを守らないので交差点等では左右をよく確認するよう注意される。台中・台南へ行くと信号はあくまでご参考とのこと。
 台湾の気候は北部は亜熱帯、中部・南部は熱帯である。丁度この時期は毎日30度以上で10月中頃まで続くそうである。土地が狭いため都市部ではほとんどマンションやアパートなど集合住宅である。
 
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 日本工商会総幹事の山本幸男さんから「台湾を知るポイント〜台湾への関心を高めよう」というテーマで講話をして戴く。以下、要約すると、
 
 日台関係は相思相愛で良好。特に東日本大震災ではいち早く台湾から200億の義援金が寄せられた。
 
 台湾の日本への思い入れが深いが日本では温度差がある。
 
 昨年来日した台湾人は220万人で、今年は上期で既に139万人。日本に来る外国人では第1位。人気旅行先は冬場は雪、スキー。春から夏は桜と富士山で日本の原風景に懐かしさを感じるそうだ。半沢直樹、福山雅治なども日本と同時進行で観ているとのこと。

 台湾を等身大で見るのが大事。日本では台湾を小国と見ているのではないか?経済的実力はIT立国の優等生。台湾は日本から材料、部品、設備、技術を輸入し、日本にとって有難い存在。日本の貿易黒字は毎年3兆円程度ある。
 
 台湾人の熱い思いを知って欲しい。つまり日台は特別な関係であり、日本自身が〝兄貴分〞であるということを十分理解していない。これは何故かというと日本は台湾を植民地にしたという過去への自虐意識から抜け出せない。台湾では「昭和」が現役で生きている。70%の人が台湾発展の基礎を作ったとして日本統治時代を評価している。

 日本統治で日本は何をしたのか。日清戦争で勝利した後、下関条約で台湾は割譲された。その当時、台湾は大陸からは「化外の地」(地の果て、野蛮なところ)と言われていた。しかし、日本統治により時間の観念、衛生、ビジネス、法律、警察、教育、しつけなどが移植された。また、後藤新平、新渡戸稲造、八田與一など優秀な人材が投入され、本土よりも先進的な技術や設備が導入される。
 
 最後に、
 
 価値観を共有できる日本への強い思いがあることに触れられ、戒厳令が解除後、李登輝総統時代には『認識台湾』という新しい歴史教科書を使って台湾の歴史を学習している。この頃から日本語教育、日本文化が表面に出て来るようになった。
 
 現代の台湾の若者の間では親日意識が強い、とのお話にこれまで漠として抱いていた疑問が解けたような気がした。
 この他、新竹工業団地、傑農合作農場、高雄区農業改良場など大変勉強になるところを視察しましたが、紙幅の都合で別の機会に譲ります。
 また、本町でも何らかの繋がりを探して台湾からの誘客活動をできないかこれから考えてみたいと思います。
 
 今月もお元気で。