現在地: Home 町長室 三種町長だより 平成24年度 町長あいさつ 田中長氏旭日単光章受章祝賀会 (8月5日)

三種町長だより

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田中長氏旭日単光章受章祝賀会 (8月5日)

8.5 叙勲
 本日は田中長様の叙勲受章祝賀会にお招きをいただきまして、まことにありがとうございます。発起人の皆様に厚くお礼申し上げます。
 まずは田中さん、このたびの土地改良事業功労、旭日単光章ご受章まことにおめでとうございます。奥様におかれましても喜びはひとしおのこととお祝い申し上げます。また、今回の受章は三種町といたしましても大変喜ばしいことであり名誉なことでもあります。本当におめでとうございました。
 さて、三種町の基幹産業は農業であることは今更申すまでもございません。昨日はじゅんさい全国会 議を初めて三種町で開催し、6道・県の皆さんからご参加いただきました。じゅんさいの栽培環境保全や持続可能な産業の構築などを盛り込んだ共同宣言を決議し、また、7月1日を「じゅんさいの日」とすることを制定して閉会致しました。
 町では従来から水稲を中心としながらも、それに野菜栽培さらには加工まで含めた農業の6次産業化など複合経営の推進に取り組んで参りました。今後、この流れは一層強くなるだろうと思いますが、基本はやはり米作りだと思います。
 米作りの根本は整備された圃場であります。田中さんはその農業生産基盤の整備に関する功績が大変顕著であるということで今回受章されました。
 私は田中さんとのお付き合いはそう長くはございません。しかしながら、田中さんのお顔を拝見しているといつもエイブラハム・リンカーンの言葉を思い出します。「40歳を過ぎた者は、自分の顔に責任を持て。」というあまりにも有名な言葉であります。
 実直でねばり強く辛抱強い、お人柄がにじみ出ているように思います。恐らくそういうお人柄であればこそ、組合員や地域住民からの信頼も厚く、持ち前の抜群の指導力と実践力、統率力でもって、数々の基盤整備事業を実施してこられたのだと思います。
 特に昭和42年に造成された羽根川ダムはこの地域の慢性的な用水不足を解消し、米の収量増加につながりましたが、田中さんはこの時地城の若手リーダーとして活躍され、ダム建設実現のため若手農業者の同意を取りまとめに大変な手腕を発揮されたと伺っております。
 その人望をかわれまして、昭和42年には25歳の若さで鹿渡土地改良区の理事に就任されております。それ以来、田中さんの真摯な姿勢と指導力は衆目の一致するところとなり、平成3年4月に理事長に就任され、その後、平成17年には鹿渡、地先干拓両土地改良区合併があり、これまでの手腕が評価され、初代理事長に就任されました。
 これまで田中さんが手がけられた事業は枚挙にいとまがございません。
 平成4年から9年間施行された「県営琴丘北・南地区低コスト大区画ほ場整備事業」では換地配分や農地集積に関して各々の農家と協議・調整を行いながら、それに伴って生じる様々な問題の解決など事業着手まで大変御難議されたと聞いておりますが、見事実施の運びとなったことは田中さんの熱意と信念のたまものかと思います。
 その他、平成10年度からの「県営担い手育成基盤整備事業市野地区」、平成11年度からの「県営担い手育成基盤整備事業鯉川地区」、平成15年度には「県営担い手育成基盤整備事業糸流川地区」、平成16年度からの「県営ため池等整備事業ヒダケ地区」などの事業。
 現在も、平成19年度からの「県営農地集積加速化基盤整備事業地先干拓地区」が進行中でありますが、田中さんは関わったすべての事業に、円滑な執行のため奔走され、田中さんの目指す農業基盤整備による地域農業発展に寄与されております。
 今回の受章はこのように田中さんが長年に亘って、事業一筋に歩んで来られたことへの慰労と感謝の証でありましょうし、また、それを陰で支えて下さった奥様始めご家族の皆様にも心からお祝いを申し上げます。
 結びに、田中長さんにおかれましてはご健康に留意され、今後ますますご活躍されますことと、奥様をはじめご家族皆様のご多幸、そして本日お集まりのみなさまのご健勝を心より祈念し、お祝いの言葉といたします。